「愛のムチなら殴っても罰しない。げんこつ条例と言うものができないか」。今朝(6月20日)の『スッキリ!!』は、前日に引き続き東国原知事の発言を取り上げた。
先生のさじ加減で……
まず街に出て収録した街の人の声を。中年やら若者41人に聞いた結果、愛のムチ賛成派が27人(30歳代以上は15人、20歳代以下は12人)、反対派は11人(30歳代以上は2人、20歳代以下は9人)、どちらでもいいが3人だった。
賛成派が多かったのだが、さてスタジオでは……
司会の加藤浩次が前日同様「ボクは東さんのいう意見は分りますよ」。さかもと未明も「条例化、賛成です」と。
これに対し弁護士の八代英輝は「条例化するのはいかがなものかと思う。日本で殴っていいという法律はないですから。教育の現場でそれを作るのは……。言葉で説明できないから手が出るのでしょ」。
さて、テリー伊藤。前日「(東国原知事の)気持ちは理解できる。殴ると『あんたクビになるんだよ』と平気で先生にいうガキもいるんですよ」と発言していたので賛成派と思っていたのだが……。
「ボクは大反対。愛情があればいいというが、自分の指導力不足で殴る先生って絶対に出てきますよ。言葉で説明できないから手が出る。先生のさじ加減で、条例が正義になっていく」
東国原知事の元妻で、女優のかとうかず子は「条例は反対。親とか先生、子供は信頼関係あってのこと。条例にしなければ成り立たないなんて嫌ですよ」。
テリーはこうも言いた。「日本人は批判の天才だが、褒めることができない」。確かに否定できない国民性かも。
政治の世界にしろ、ビジネスの世界にしろ、国際舞台の交渉事でよく聞かれるのは、日本人の交渉ベタ、議論ベタ。
言葉で説得し、理解させる土壌ができにくいのも、「言うことを聞かないならげんこつで」という昔からの風潮が、ある面じゃまをしていると言えなくはない。
げんこつ条例に賛成か反対か、の前に、そもそも法律で体罰を禁じているのがおかしい。ある程度の体罰は許容されるべきだと思う。そういえば安倍政権下で、これこれの事象は体罰に当たらないから、安心して指導するように、みたいなおふれが出てませんでしたっけ?
体罰に反対する人は、何が何でも暴力反対、暴力で物事は解決しないなどと言う人がかなり多い。だが、そうだろうか。僕には絵空事に聞こえてしまう。現実をみていないんじゃないかな?
国家間の関係を見てみると、必ずしも戦争して物事を解決しているわけではなく、殆どの事は外交で物事を解決している。だから、武力なんていらないじゃないか、という人もいるが、そうではない。なぜなら、外交力のバックには武力があるから。いざというときには、どうなるかわかるよな、という恐怖の圧力によって、外交は成り立っていると言っても良いと思う。
学校現場でも同じ事が言えるのではないか?体罰は禁止だということを子供が知っていれば、そりゃ先生になめてかかって当たり前。言うことを聞くわけがない。
テリー伊藤は、「ボクは大反対。愛情があればいいというが、自分の指導力不足で殴る先生って絶対に出てきますよ。言葉で説明できないから手が出る。先生のさじ加減で、条例が正義になっていく」と言っている。確かにそういうこともあるかもしれないが、だからと言って体罰というカードは安易に捨てたくはない。
僕が今考えているのは、体罰を実際にしなくても良いから、いざという時は体罰もやむを得ない、と言うような法律が出来れば良いかなと。事後報告でも良いので、体罰を行った際は何らかの手続きと上長による承認を必要として、体罰に至るまでの事情や、体罰後の経過などのレポートを義務づけたらどうだろうか。これだと、いざという時は体罰が出来ることになるので、子供になめられることもないし、体罰による効果も測定できるかもしれない。
どちらにしても体罰はやっちゃダメなんてことが子供に知れ渡ってしまっていることが一番マズイと思います。











